2016年06月26日

市川団十郎さんの思い出



みなさん こんにちは。さくらです

  

いよいよ梅雨に入りましたね
でも、焼津地方は 今日は 梅雨の合間の晴天
お洗濯たくさん干しました。
みなさんの地方は晴れていますか?


さて、しばらく前にテレビのワイドショーが
歌舞伎役者の市川海老蔵さんの奥様が闘病中であると
いっせいに報じていました。
その騒ぎを鎮め、家族を守るために、海老蔵さんが
会見を開く、という事態にまでなりました。



その会見を見て、思い出す事がありました。


それは今からウン十年も前の事・・・・・


私は京都の南座の役者さん専用のエレベーターを動かす
アルバイトをしていました。

(今はもうさすがに違うと思うのですが)当時南座の
舞台⇔奈落を往復するエレベーターは手動式でした。
昔の映画で見掛ける事のある、レバーで上下動させるもので、
フロアーとエレベーターの箱をぴったり合わせるのには、
なかなかの技術が必要でした。
その時代、どこも普通のボタン式なのに、なぜか南座は手動式でした。


舞台へ上がる前の緊張している役者さん、
演目を終えて汗びっしょりで帰ってくる役者さん、
彼らを舞台⇔奈落の上下に運ぶのが私の仕事でした。


南座に顔見世のまねきが並ぶのは、暮れの京都の風物詩

その舞台に立てるのは、歌舞伎役者にとって、誇らしく名誉な事に
違いありません。

そのせいか、若い役者さん達はテンション高く、当時若かった
アルバイトの私をからかい、なれなれしく話し掛けてきました。

反対にベテランの役者さん達は、集中していて、
私の存在など眼中にない様子でした。上手にエレベーターを
停めなくては!とますます緊張して、返って失敗してしまったり・・・



そんな中、ただ一人、「アルバイトですか?」「(レバーの操作は)大変でしょうね?」
「ありがとう」・・・とさり気なく、でも、きちんとした丁寧な言葉で、
単なるアルバイトの私に話し掛けて下さる方がいました


それが、12代目 市川団十郎さんでした。


ベテラン役者さんを乗せると余計に緊張してしまい、うまく操作出来ず、
床との段差が出来てしまい、身が縮む思いをしたものでしたが、
そんな時も、団十郎さんだけは、その失敗を優しく笑ってくれて、
とても救われた覚えがあります。




その経験から私は学びました。


本当に立派な人は、決して威張らず、
誰に対しても接する態度が変わらないという事を。



それ以来、私は団十郎さんの大ファンになりました。



月日が経ち、息子の海老蔵さんが活躍し始めましたが、
正直、あまり好きにはなれませんでした。
なんとなくお父様と違って、当時彼にはカルいイメージがあったからです。



でも、今回の会見を見て、お父様に似て来たな〜と感じました
計算してみると、ちょうど私が南座でお会いした頃の団十郎さんの年齢に、
今、海老蔵さんはなっていました。
家族を守るために、自らが盾になる姿は、あの頃私が憧れていた、
団十郎さんと瓜二つに見えました。
天国から団十郎さんも安心して見守ってくれているような気がしました。


成田屋のみなさんに早く笑顔が戻る事を、静かにお祈りしています。


そして、今病気に立ち向かっている方々が、快方に向かう事を、
心から願っています。




さてさて、長〜〜い思い出話を読んで下さって、ありがとうございました


来週の木曜日、七夕の7月7日は 定例会 です。

梅雨時でお天気は悪いかもしれませんが、
たとえどんなお天気でも、
みなさんにお会い出来るのを楽しみに、
いつもの時間に、いつもの場所で、お待ちしていま〜す










posted by ひまわり at 14:55| Comment(0) | 定例会・おしゃべり会のお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする